〜さんりん舎との出逢い・ふたつの立場〜  
  
 とある日、「ボランティア募集」、スーパーの掲示版に目が止まりました。
問い合わせたところ、趣味も特技もない私を快く受け入れてくださいました。  
軽作業や利用者さんとのおしゃべり、これでよいのだろうかと不安を抱いた私を
「さんりん舎に外の風を入れてくださればと」いう言葉が私の気持ちを楽にしてくれました。

スタッフとして〜  しばらくして、スタッフにとお話がありました。
経験も自身もなく最初はお断りしましたが
「勉強しながら、出来る事から」
と言って頂きデイサービスのスタッフになりま した。  
若いスタッフの知らない懐メロを一緒に歌ったり、マージャンの牌も触ったことのない私が
メンバーに入ったり、百人一首の読み方知らず笑われたり...。
 さんりん舎では、季節毎の行事、遠足、仮装盆踊りなどを通して関わってまい りました。
 色々な事情から、病気になってもご家族に看て頂けない方もいらっしゃいますが、
日々の生活の中で利用者さんの好きな食べ物や望むこと等を把握して、
親身に接することが出来るようスタッフ間で情報共有するなど勉強してきました。
 最期を迎えた方もいらっしゃいましたが、お住まいだった部屋で、
一同で温かなお葬式でお見送りの経験もさせて頂きました。

利用者の家族として〜
 高齢の母との二人暮しの中、数年前、私が大病で長期入院の際、母の持病も悪化、
医師より施設入居を勧められ、さんりん舎に入居することになりました。
 母にとっては親子二人暮しから共同住宅入居はとてもショックなことでしたが
スタッフの協力もあり、本人の得意な料理の下ごしらえ等を通して
入居者さんとのコミュニケーションも取れ、少しづつ安心感を持つことができ、
入居して良かったと言ってくれるまでになりました。
 元気にしていながらも新たな病気を発症、医師からは治る病気ではない事と高齢の為、
体力の低下する治療は薦めないとの方針、家族とも相談の上、極力入院を避け、
さんりん舎スタッフの力を借りながら在宅看取りの道を選択しました。
 病室では、自分らしさを失いかけた母でしたが、体調が安定して、さんりん舎 に帰ると
驚いたことに会話や行動、母らしさを取り戻していきました。
 母の為にデイサービスのスタッフとも介護方法などの意見交換をしてくれたり、
体調を看ながら介助方法を改善したりの日々を重ねてくれました。
 家族のことも含めて配慮され、身近に介護スタッフ・訪問医療スタッフがいてくださることは
傍らで見守る家族にはとても心強いことでした。それは特別のことではなく、
さんりん舎は、全ての利用者さんに、いつも同じ気持ちで接しているのです。
 亡くなる3日前のことです。見守りの際に母が突然か細い声で「帰る・・・」 と。
咄嗟のことではありましたが、本人の希望を尊重し叶えてあげようということで、
翌日帰宅することに。 母は苦痛ながらも帰宅できたことに安心した表情を見せてくれました。
 戻ってからも介護スタッフ・訪問医療スタッフ一丸となって変わらずに対応し てくださった。
わずかな闘病期間ではありましたが、家族が交代で介護することもできました。
 家族皆、母がさんりん舎へ入居できたこと、関係スタッフにお世話になりながら
在宅で看取れたことを最良の選択、親孝行できたと思っております。
 ふと母に会いたくなると、仏壇からデイサービスの連絡帳を取り出します。
そこには元気な時の母の様子などが書かれていて、母の声、姿が見えてきます。 大切な宝物。
 そして私は、今も元気いっぱいに利用者さんとのふれ合いを楽しみ、
パワーをもらったり、送ったりの毎日を過ごさせて頂いています。

                       佐々木栄美子   平成18年 2月より勤務


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 札幌市北区共同住宅 さんりん舎